人恋し 露月の宵  〜 砂漠の王と氷の后より

        *砂幻シュウ様 “蜻蛉”さんでご披露なさっておいでの、
         勘7・アラビアン妄想設定をお借りしました。
 

 
赤道に間近い沙漠の王国には、
くっきりとした四季はないように思われがちだが、
雨季と乾季の別もあり、夏場と冬とでは気温差もありはして。
季節によって吹く風も違えば、
夜更に見上げる星座だって月により異なるというもので。

 “……。”

とはいえ、自分の生国のあった南域は、
首城のあるこの都ほどには寒暖の差もなく、
通年で気温の高いままな土地だったので。
夜風に肩が震えることはあっても、
陽のあるうちから
ビシュラやヴェール以上の
重ね着が要るようなことはなかったのになぁと。
暦に合わせたこととして、
自分に仕える侍女らが
“防寒の用意に入らねば”と
奥向きにてパタパタしだした昨日今日なのへ、
内心でありゃりゃあと 眸を見張りつつ。
この地域の気候というもの、
あらためて気がついたという順番の
紅蓮の双眸に烈火の気概が宿るとされておいでの、
琥珀の宮の第三妃、キュウゾウ様だったりし。

 「………。」

居室の窓には陽よけ砂よけのための更紗の幕がかかっており、
今はそれが夜気の帯びた冷気を遮っている。
まだ今は、
厚手の繻子だの緞子だのへ取り替えての
ぴったりと閉ざすほどではないけれど、

 『キュウゾウ殿は寒さには慣れがないのですから。』

ここなぞ比べものにならぬほどの極寒の北領から嫁して来た身の
第一妃シチロージ様からまで、
南方の出であることを案じられていて。
一番に少女のような可憐さを象る、ほっそりとしたその肩を、
やさしく抱くようにくるんでくれている深紅の厚絹のヴェールも、
何を隠そう、その正妃様から賜ったばかりな逸品。
東亜の産だろう、目の詰んだ真絹の生地に、
裾から始まる金色の炎のような柄の染めつけは何とも鮮やかで。
それを琥珀の妃がまとう姿は、
華麗に痩躯なことも相俟って、
まるで唐の伝説に出て来る不死鳥が、
その身へ添うように翼を畳んで立っているかのような見映え。
自分の居城にいるのに顔を隠す必要なぞあるものかと、
鼻や口許を覆うビシュラはまとわずにいる白皙の美貌は、
夜陰の満ちるテラスの中、
月光と灯火のわずかな明るみしかないというに、
彼女自身が光をおびているかのように冴え映えており。
そんな明かりに誘われたものか、
蘭草の幅広な葉群の陰に不埒な気配が立ったのへ、

 「……っ。」

お人形のような顔容の中、
一見 視線だけを巡らせたキュウゾウだったのへ、

 「便利なヴェールだの。
  小太刀を隠しておっても見えぬのだから。」

更紗のようには透けぬこと、
だが、その内にては、
抜き身の刃とそれが帯びたる物騒な冷気を秘めていること。
やすやすと見抜いた男が、苦笑で紛らせつつもすっぱ抜いたので、

 「……何用だ。」

小さなメタルを連ねた金鎖のネックレス、
微かにしゃりりと鳴らしたことで、
護剣を鞘へと収めた彼女だというのが察せられ。
そんな静かな変化をこちらも嗅いだか、
テラスの際にて控えていた侍女らが、
やはり不審な気配を察し、立ち上がりかかったのへと、

 「……。」

ヴェールの陰から見せた手にての、
小さな小さな所作一つで制して それから。

 「…。」

凛然とした態度はそのまま、
後宮という禁苑へ現れた不埒者への視線を、
心なし強くした目線であらためて見つめれば、

 「なに、
  先触れは せなんだが、月があまりに見事であったのでな。」

そのような浮かれたことを、ぬけぬけと言い放ち。
竜の舌のようという名の蘭の葉群を、
大きな手でやすやすと脇へ押しのけて。
磨きあげられた大理石を敷いたテラスへ、
怖じけることもなくの堂々と踏み込んで来た影こそは。
精悍なお顔に屈強な肢体に、
頑健そうな肩へこぼれる濃色の豊かな髪。
平素のお召しだろう、
襟の立った白いカンドーラに、上へと重ね着た深茶色のヒジュラという、
至って飾らぬ軽装のまま、姿を現しなされた、
王宮の主上、覇王 カンベエその人であり。
先程は すわ何物かと立ち上がり掛かった侍女らが、
今度は恐れ多さにか、さわさわ落ち着きを無くしかかるのを、
やはり細いお背(おせな)で感じ取った琥珀の妃。

 「人騒がせを。」

彼女らに変わって、やや責めるように声をとがらせる。
というのも、侍女らが慌てているのは、
自分たちの落ち度で
お渡りへの通達を取りこぼしていたのやも知れぬ、
だというに、怪しい奴めと敵意を起こした不遜を叱られまいかという
困惑や焦燥からだと判るから。
この国の覇王であり、この首城の紛れなき主人である彼でも、
だからこそ、定められた手順や段取りはきちんと踏んでもらわねば下々が困る。
どんなに腕に覚えがお在りの主上であれ、
万が一という、隙をつくよに降りかかる奇禍が、
絶対に襲わぬとは一体誰が言えようか。

 お渡りの途中に、
 間の悪い刺客が待ち伏せでもしていたらどうするか。
 こちらで慌てて用意した酒に、
 万が一にも薬物が仕込まれていたらどうするか。
 妃さえ知らぬ間に、
 閨の真綿の敷物へ毒針でも忍ばされていたらどうするか。
 そういった故意や作為のものでなくとも、
 不注意から割れた ぎあまんの欠片が段通の陰にでも落ちていたら?

係の者を総動員してでも
そういった“万が一”を徹底して除外する必要がある、
それほど大事な御身だというに。
覇王自身にそこまでの自覚があるのかどうなのか、
時折このような
ひょんな思いつきでの行動を取られるものだから。
それだけの信頼をいただいているものとの解釈は、
何も起きなかった後になって感じることで。

 “……。”

皆がどれほど慌てふためくかも、
こやつにとってはちょっとした余興なのかも知れない、なぞと。
ご自分だとて過去には結構、
侍女らの度肝を抜かせるよな破天荒をやらかしておいて。
今はちゃっかりと棚に上がったキュウゾウ妃から
こそり、呆れられてしまわれた、
いい年頃のおとなでありながら、悪戯心も抜けない覇王様。

 とはいえ

降りそそぐ月光に照らし出され、
そのお姿をすっかりと現しておいでの壮年様は。
年少の妃とさして変わらぬ年頃の侍女らが多い宮の空気を、
まずはの困惑で騒がせたそのまま、
今は…静かなものとはいえ、
憧憬と陶酔とを仄かに染ませたような香にて
さわさわと愛らしくも騒がせておいで。
何せ、その存在感が相変わらずに素晴らしい。
覇王帝王としての威容を相応しいとする、
上背があって屈強な肢体は、
颯爽とした身ごなしも含め、年齢を感じさせない頼もしさだし。
そこへと同居するのが、理知的な機知。
ほどよく男臭い面差しがまとうのは、
見様によっては齢相応 やや枯れた落ち着きでもあろうが、
精悍な表情に宿る冴えた印象は、
むしろ隙のない稚気の現れとも言え。
侍女や仕丁といった、傍仕えの他愛ない相手へも、
お顔をのぞき込んでの即妙な物言いをなさったり、
ちょっとした会話をお持ちになられるざっかけなさに、
あっと言う間にのぼせた犠牲者も数知れず。
いちいちと作為はないのかも知れないが、
戦場で、若しくは合議の場で、
国を背負いつつ数多の真剣勝負をこなしてこられた、
冗談抜きに山のような戦歴持つ深色の双眸に見つめられ。
気魄も寛容も併せ持つ、
蠱惑の塊のような視線に搦め捕られたその上で、
それが優しくたわんで笑む様を間近に見て、
平常心でいるのはなかなかに難しく。
かくいう、こちらの烈火の妃様とても、

 「このような夜半に独り寝というのも味気無い。
  ついふらりと夜風の中を泳いでおったのだが、
  思い出したは 衣紋に残っておったお主の残り香。」

  う……………。///////

 「そういえば、今日は寝顔にだけしか逢うてはおらぬ。
  明るい中にてそれは目映かった様は思い起こせたが、
  この月光に青く染まった姿は
  さぞ寂しそうかも知れぬと思うと、
  矢も盾もたまらず、逢いとうなっての。」

  な、……。////////

 「青二才のようではあったが、
  来ればそのまま絆されてはくれまいかと、
  甘えたことを思うてしまっての。」

ついと眸を伏せ、
テラスのその奥、紗の幕が下ろされた宮の中にて、
女官や侍女らが慌てた気配も判っておるぞと憂えてくださり、

 「お主にも気分というものがあろうしの。
  なに、寝処へ戻るまでには熱も冷めようから気にするな。
  年甲斐のない感傷を笑ってくれればいいだけのこと。」

口許にだけという笑みをちらと含んでの、
あくまでも穏やかに、手さえ延べぬままという素っ気なさ。
いやさ、そのまま踵を返そうとするは、
紳士的な思いやりかもしれない、
そんな気配りだけを置き土産にしようとする覇王様であったのへ、

 「……っ。」

あっと、お顔が弾かれたは若さゆえの反応の鋭さから。
こちらはこちらで、
置き去りにされる心許なさを感じての切なさから、
ついつい手を延べてしまい、

 「〜〜〜〜。///////」

んん?と、如何したか?と
案じるようなお顔だけ、肩越しに振り向いた御主だったのへ、
だがだが、何と告げればいいのかも判らぬまま、
ただただ真摯に“行かないで”と見つめてしまう。
そんなキュウゾウ妃であったのの、
ぎゅうと思い詰めたお顔の切なさへ仄かに罪悪感を覚えつつ、
ビシュトを掴んだ白い手の健気さに



  ………よしっ、と


もしもし おじさんおじさん?…と言いたくなるよな、
人の悪い種類の手ごたえを覚えつつ。
そうですか、そうまで引き留めてくださいますか、
ならば、私の年甲斐のなさも報われましょうぞと。
あくまでも誠実さを崩さぬまま、
日頃にはないほどの実直そうな笑み浮かべ、
愛しい妃の、若さと初々しさをたたえし、
今だけは頼りなくも震えさせておいでの肢体を
雄々しい懐ろへと掻きい抱き。
頼もしくも猛々しい、男の匂いと温みでくるみ込みつつ、
秋の夜は長いから、
共に寄り添い、暖め合って過ごしましょうぞなんて、
甘く囁いて閨房へと向かう。


  特に小意地悪くも謀ったわけじゃない。
  夜寒に仄かに人恋しくなったのもホント。
  ただ、それを素直には吐露できず、
  大仰に甘えるなんて なおもって業腹だったのでと、
  ちょっとした茶目っ気が沸いただけ。
  不器用な者同士、
  くすぐったくも身を擦り寄せ合って、
  永劫に独り身の月を
  せいぜい羨ましがらせようではありませぬか…







   〜Fine〜  12.10.12.


  *微妙に大人げない覇王様の巻でした。(笑)
   ウチでは珍しいんじゃなかろうか、
   いやいや そんなこともないですか?
   書き手があんまり頭よくないので、
   嘘…とも違うけど、
   こういう遠回しの策略ぽい絡みって
   意識すればするほど難しいんですよね。
   まだまだ練れてない もーりんなのか、
   人としての奥行きが無さ過ぎるのか。う〜ん…。

  *ちなみに、シチロージ様が相手だというなら、
   あっさりと見透かされましょうから、
   こんな持ってきようをしても時間の無駄です。
   素直に、寒いから来たんだ一緒に寝ようと言った方が早い。
   ああでも、そこまで廉直だと
   裏がないかと却って斜めに睨まれるかもですね。(苦笑)
   賞金稼ぎコンビの久蔵さんが相手なら、
   何をとち狂っておるかと、黙って寝床の戸をぴしゃりと閉められる。
   でもでも、後から じわじわじ〜〜〜っと効いてきて、
   真っ赤になったまま戸を開けてくれるのを10分ほど待ってればいい。

   結論;
    ウチでは どんなシチュエーションであれ、
    勘兵衛様が相手だと ちょろい久蔵さんみたいです。(こら)


  *も一つ余計な ちなみに。
   こちらの覇王様以上に
   徳川将軍の大奥へのお渡りが、
   思うほど容易なことじゃなかったのの上をゆき。
   フランスの王様も、
   中世においては 何かと国民へ開放されていて
   プライベートなんてのは全くなかったそうでして。
   お目覚めから食事から、閨房での合体まで、
   傍仕えではなくの“見守る”担当という官職がそれぞれに複数いて、
   監視の下で 間違いなく行われているかを確認されてたらしいです。
   (一説には、初夜だけじゃなかったとも聞いてますが…

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